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転職2回の私が考える仕事について2

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今回は、1回目の仕事を退職して実家へ戻り、次なるビジョンを模索。そして2回目の入職と退職へと話が移っていきます。

前回の記事はこちら↓

営業を辞め、実家でニート

東京の一般企業の営業職を退職した後、私は実家の群馬県に戻りました。

なぜか?

福祉大学卒業時に取得出来なかった精神保健福祉士の国家資格を取るために改めて試験勉強を始めました。

この時8月でして、試験日は1月の中旬だったので、実質5ヶ月くらい無職で1日10時間くらい勉強をして受験しました。

これと並行して、失業保険を受給する為にハローワークに定期的に通い『就職活動をしています』という手続きをしました。そして、自己都合の退職でしたので、失業保険が受給出来るのは3ヶ月経過してからでした。

国家試験の結果はというと精神保健福祉士と社会福祉士の資格の両方を取得することができました。

がっちり試験勉強したのは初めてでしたが、いい経験になりました。

この時の教訓は

淡々と用意した学習プランをこなして、毎日を機械的に過ごしました

高校受験や大学受験の時にこの方法ができたらよかったなと思います。

このニート生活は4月まで続くのですが、その間ずっと失業保険を受給していました。確か退職した時点の過去6ヶ月間の平均賃金の60%が受給出来ていたと記憶しています。

精神科クリニックに就職

そして、2回目の就職は群馬県前橋市にある精神科のクリニックに友人の紹介で入職することができました。

2回目の就職は「紹介」ということもあり、ある程度すんなり入職することができました。

ただ、クリニックというのは後継者の問題で院長先生の1代でおしまい。

なんていうこともあるだろうと思い、先々のことを考えていく必要があると考えていました。

例えば、もっと大きな法人のソーシャルワーカーとして働く道や病院勤務などのイメージはある程度できていました。

さて、入職後はというと、クリニックなので職員の数は10人いないくらい。みんなが気の合う人達だったらものすごく恵まれた環境になるでしょう。

ただ、私が入職したクリニックはあまりいい環境ではなかったです。院長先生は地域福祉や医療についてとてもスペシャリストな方でいろんなことを学びたくなる尊敬できる先生でした。

あまり良くないのは経営権を持つ事務方の職員で、ブラック企業にいそうな人格の人でした。

  • 自己中心的
  • 威圧と不機嫌を撒き散らす
  • 自分の世界観がありすぎて話が見えてこない

という、

まぁ一緒に居たくない人が1人いました。

悪口はこのこのくらいにしておいて(笑)

ソーシャルワーカーとしても医療・福祉の知識としても県内他では経験出来ないであろう、良い経験をさせてもらえましたので、入職して良かったと思っています。

それからというもの、ソーシャルワーカー人生が続くのですが、あることをきっかけに退職することになります。

その前に、私がどのくらいの期間で退職をしたかについて触れていなかったので、お伝えしたいと思います。

東京での営業の仕事は2年半くらいです。

詳しくは<転職2回の私が考える仕事について1>をご覧ください。

クリニックでの仕事の期間は1年半で退職しました。

なぜ退職したのか?

前述しましたが、今回のクリニックは定年まで働ける職場ではないかもしれない、転職するなら若いうちにかなとも考えていました。

話は戻りまして、事件が起きたのです。

私はこのクリニック勤務時代に結婚をしたのですが、奥さんも招いてクリニックで食事会をしましょうということになりました。

ブラック事務員が言い始めたということもあり、「何が起こるかわからない、気をつけた方がいい」と感じていました。

案の定、食事会の最中に私と妻を不快な思いにさせるような発言がありました。アルコールが入っていましたので、売り言葉に買い言葉で周囲が騒然となるほどの怒鳴り合いに発展しました。

周囲のホワイト事務員さんや看護師さんになだめられながらその食事会は早々に解散ということになったのでした。

この時の教訓

自虐ネタやジョークは人によっては伝わらない。相手を見て使い分けよ

ということです。

日頃、ブラック事務員と話をする時に、家庭での出来事を話す際には自虐ネタを頻回に使っていたのですが、それが私の意図と違う風に伝わってしまっていたようです。これは私の過ちだったと反省しました。

翌日以降私はそのブラック事務員に干され、退職勧奨っぽいことをされていました。

退職勧奨とは?

退職勧奨とは経営者的には辞めさせたいのだが、解雇すると雇用の法的にも保険料的にも都合が悪くなるので、できれば解雇はしたくないから、自主退職に追い込む。ということです。

院長とブラック事務員と私の3人で話をしてブラック事務員から「辞めないの?」と言われたり、仕事を取り上げられて、干されました。

ではなぜ、そんな環境の仕事を私は辞めなかったのか?

それは、「解雇」という結論をゲットしたかったからです。

よく「経歴に傷がつくよ」とか「再就職が不利になるよ」なんて言われていますが、そんなことは全くないのです。

考えれば、当然のことです。

履歴書に載るわけではないのでそのようなことは起こるはずがないのです。

私は1度仕事を辞めた経験があるので、ハローワークの動きや個人情報がどこまで公開されてしまうのかなどを把握できていたので、退職勧奨にも動じなかったのです。

そんなこんなで2ヶ月くらいした時期にようやく「解雇」をゲットすることができました。

私の頭の中には「これで雇用保険がすぐにもらえる!」

という頭でいっぱいでした。

祝!!解雇してもらえました!

そして、退職しましてのんびり2回目のフリーターを経験していくことになります。私は、次の仕事がちゃんとすぐ見つかるか不安な部分もありましたが「しっかり休息をとって次の仕事をきちっと探そう!」と切り替えられたのが良かったと思い返しています。

そして、3回目の入社へと向かっていくのですが、退職して1ヶ月くらいの間にハローワークに退職した手続きと失業保険の申請の手続きをしました。同時並行で、再就職活動もしていたのですが、精神科の病院でソーシャルワーカーの募集が出ており、運よく面接まで辿りつき、面接では、ややトンチンカンなことを言ってしまいましたがなんとか雇用していただけることになりました。

ここで教訓です。

自分自身は休もうと思っていても、いい案件が見つかれば逃さないで行動】

就職活動で、希望先の事業内容、設置基準など調べておく必要があった

2番目に関しては当たり前ですが、私という人間を雇ってくれたら、こんな良いことができるから、〇〇で働かせていただけないでしょうか?という自分を売り込むトークを入れ忘れてしまいました。

そんなこんなで、3回目の入社までをお伝えしてきました。

次回は最終回としたいと思いますが、転職を繰り返して思うことや、今の仕事へのスタンス、年収の考え方をお伝えしていきたいと思います。

お題は【トリプルワークに慣れよう】というテーマで掲載していきたいと思います。


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ABOUT ME
クレイフィールド
群馬県出身、群馬県在住、福祉系大学卒業後、商品先物取引の営業を経て福祉職へUターン。現在は病院の関連施設で福祉職として働いている30代サラリーマンです。私が30年後の明るい将来を叶えるために今すべきこと、現在進行形で実践していることを書いていきます。投資、副収入サイト、法人とのアライアンスなどを紹介しながら、成功するまで突っ走る予定ですのでご参考にしていただけたら嬉しいです。
クレイフィールド/年収400万のサラリーマン/セミリタイア目指す/米国株/トラリピ/高配当積立投資
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